第18回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展 日本館展示
愛される建築を目指して ー建築を生き物として捉える
建築を生き物として捉える視点(大西)
今回の展覧会のテーマは「愛される建築を目指してー建築を生き物として捉える」である。「愛される建築」を目指すとは、場に刻まれる記憶や物語、背後にある風景や営みと共に捉えることで「建築」の意味を広げ、建築と私たちの関係を問い直していく試みである。それは、建築を自然から離れた人工物というよりは、生き物として捉える視点でもある。人間にコントロールされるものとしてではなく、自立した存在として建築と向き合うことで、その存在を機能や性能で測ることを超え、欠点や未完成な部分も含めて愛しみ、育てていくことができるのではないかと考えた。 なぜ今「愛される建築」がテーマなのだろうか? かつてルイス・カーンは、環境問題を話題にしながら「私たちにとって最も恐ろしいことは、美しい川のせせらぎを見たときにそれを美しいと感じる心を忘れることだ」と言った。私たちはともすると、水の汚染度を数値に置き換えることや、地球温暖化への影響をCO2の排出量で測ることに注力し、本来のせせらぎが持っている美しさや涼やかさ、空気のおいしさや透明さを忘れてしまいがちだ。私たちを取り巻く環境が、自分の生にどのような影響を与えているのかを実感できない世界。それは環境問題だけでなく、政治や経済、社会のすべてに共通した課題である。だからこそ、今回私たちは、モダニズム以降、建築の課題にすることが困難だった、人間の心や、存在のかけがえのなさをテーマにすることで、測り得ないものを測り得ないままに受け取ること、建築がそこにあるからこそ言葉を介さずとも感じ取れることを大切にした展示をつくりたかった。
日本館そのものに向き合うアプローチ(百田)
建築を生き物と捉えるとは、建築の個性を尊重し育むことを通して、その存在を機能や性能で測る価値観を超えていく試みである。そこで私たちは、日本館そのものに向き合うことから展示を考え始めた。日本館の3つの特徴ーー1:森の中のアプローチ 2:屋根と床に開けられた開口部 3:万人に開放されたピロティーーに対し、3組の出展者がそれぞれ呼応し、場を生み出している。ここで取り上げた日本館の特徴は、必ずしもよい点ばかりとは言えない。森を抜けていくアプローチは、雨の日に傘をささなければ展示室へ行けないし、展示室の真ん中に設けられた開口部は展示計画を強く制限する。ピロティは暗いともっぱらの評判だ。しかし日本館を生き物と捉える視点は、そうした特徴のよい部分も悪い部分も受け入れつつ、より個性を尊重した魅力的なものへと育てていくことになると考えた。 森山茜によるテキスタイルの屋根は、ヴェネチアの光と影を美しく強調すると共に、吉阪が計画した森のアプローチが建築の一部であることを、皆が感じ取とれるようにした。水野太史による陶片のモビールは、開口部を通して建物の中へと降り注ぐ雨粒を可視化している。建築にとって通常風雨は防ぐものだが、その存在を生き物と捉えると、雨や風も生きるために必要な恵みであると感じられる。dot architects+吉行良平と仕事+Atelier Tuareg+Dept.は、ピロティをヴェネチアで拾い集めた材料によって活動の場に変えた。ジャルディーニの落ち葉を使った蒸留や、誰にでも開かれた技術によるものづくりを通して、人びと々が自らの力で自分たちの場をつくることのできる状況を生み出している。蒸留の香りが開口部を伝って2階へと上っていく様子は、70年経って豊かに育った周囲の木々の香りを、建築が呼吸しているようでもある。
愛される建築とは?を考える (大西)
私たちのチームは、テキスタイル、窯業、建築、デザイン、編集、金工、アニメーションなど、多様なメンバーによって構成されている。この1年間さまざまなリサーチや議論を通して、共に「愛される建築とは?」を考えてきた。昨年9月には、多様な人びとに開かれた場を市民自らつくっているトリノとアレッサンドリアの「地区の家」や、風景と営みとが一体となったアルプスの石造りの集落を共に訪れた。これらのリサーチを通して私たちが議論してきた「愛される建築」の可能性とは、以下の6つである。 ー建築に生命が宿っていると感じられ、その存在そのものを愛しむことができる。 ー土地の風景や営みと繋がり、単体では取り出せない関係を結んでいる。 ー年齢や立場、個性の異なる多様な人びとを受け入れる寛容さがある。 ー重ねられた痕跡から、場の物語や記憶を生きたものとして受け取れる。 ー人間の五感が触発され、頭だけでなく体でその心地よさが感じられる。 ーつくることと、使うことが連続的で、場を育て続けていける。 それぞれの出展者による展示は、これらに繋がっていると言えるだろう。
時を超えた協働のかたち (百田)
既にある環境を個性と捉え、その環境に呼応しようという姿勢は、吉阪が日本館設計時に取った姿勢にも通じる。吉阪は計画時にクライアントから求められた、デザインとしての日本らしさを直接的に受け入れることを拒否し、日本的であるとは自然環境に応答することである、とした。そして、ヴェネチアの風土をリサーチし、イタリアの職人らと共に、彼らの技術を使った設計をしている。展示した構造コンセプト模型からも明らかだが、展示室内に落ちる4本の壁柱は構造的に独立している。木をモチーフとした4本の柱が、ヴォイドを中心にして風車状に並び木立のような流動的な空間をつくっている。2階の展示室は木々の下から空を見上げた、木漏れ日の下の空間であり、四周の壁はそれらを仮設的に覆った幕のような存在だったのだろう。展示室の四周の壁を空気のような淡いブルーで塗装したことで、より自然光の明るさや柔らかさが際立つ空間となった。 また、今回の展示を通して、特に強調されたのが日本館の回遊性の豊かさである。回遊性を介して、吉阪と時を超えた協働が可能になった。日本館内外に、それぞれの出展者の作品、小さな家具、木々、再塗装された手摺り、綺麗に掃除された階段などが点在し、それらを回遊することを通して、過去と現在、自然環境と人工物を横断しながら、ここにしかない体験を感じ取ることができる。
会期中も場を育て続ける (大西)
展示はまだ始まったばかりである。会期中にも、さまざまなイベントや活動を通じて場を育て続けていくことで、訪れる方々と共に「愛される建築」の可能性を広げていきたい。私たちの展示は、日本館をつくり上げた人びと、長い時間この場所で展示をしてきた人びと、そしてこの場所を愛し、手入れし、育ててきた人の営みの連続の中に位置付けられている。日本館というたったひと一つの建築に深く向き合うことが、その個別としての応答を超えて、どのような普遍的な問いへと開かれていくのか、半年間かけて考え続けてみたい。
Curatorial Team | Maki Onishi / Yuki Hyakuda / Tomomi Tada / Yuma Harada
Exhibitors | dot architects (Toshikatsu Ienari, Wataru Doi, Ai Ikeda, Keiko Miyachi) / Akane Moriyama / Futoshi Mizuno
Exhibition Designers | o+h (Shiho Eika, Makoto Furusawa, Kotaro Igo, Satoshi Maemoto)
Editors | MUESUM (Dai Nagae, Chiaki Hanyu)
Designers | UMA/design farm (Megumi Takahashi, Yuka Tsuda)
Collaborators | André Raimundo / Asami Hashimoto / Atelier Tuareg (Yuji Okazaki) / Dept.(Makoto Nakamura) / Good Job! Center KASHIBA / Julia Li / KASAHARA HOSOHABA ORIMONO (Naoki Kasahara, Hideki Iyoda) / Lighter but Heavier (Hiroshi Katayama) / MIZUNO SEITOEN CO., LTD. (Yoshioki Mizuno) / MIZUNO SEITOEN LAB. (Kazuki Imai) / moogabooga (Makoto Takano, Ayako Oda) / OWASHI TAPE (Yoshiyasu Owashi) / Ryohei Yoshiyuki to Job (Ryohei Yoshiyuki) / Shiho Shibagaki / SINKO INDUSTRY CO., LTD (Masanobu Ito, Atsushi Yokoyama, Yasuhiro Matsuda, Takashi Kato, Nguyen Thi Kim Tu, Nguyen Thi Yen Nhi) / SUPER-FACTORY + HIGURE 17-15 cas (Makoto Sano, Toshihiko Arimoto, Shinji Tanaka, Taihei Kimura) / Taiyo Kogyo Corporation (Norihiko Ikeda, Tatsushi Heguri) / Tanpopo-No-Ye / Yo Katsura / Yokohama Graduate School of Architecture (Yoshinori Nagara, Hiromu Takebe, Kabuto Terui, Nozomi Ueda, Shu Matsubara, Sota Endo, Yuka Kanda) / Yoshitaro Inami / Yoshiyuki Hiraiwa / Yosuke Taki / Yurika Kono
Coordinators | Tomoaki Shimane / Tatsuya Suzuki / Yuki Kozu / Yurina Tsurui Oue / Maria Cristina Gasperini
Local Coordinator | Harumi Muto
Special thanks to | Masakuni Yoshizaka / Yuko Saito
Archival sources | Takamasa Yoshizaka+Atelier U / Arukitekuto / National Archives of Modern Architecture, Japan / SHOKOKUSHA Publishing Co., Ltd. / Keiso Shobo Publishing Co., Ltd. / Kenchiku Shiryo Kenkyusha Co., Ltd. / Waseda Architecture Archives
With special support of | Ishibashi Foundation
With the support of | MOTHERHOUSE CO., LTD. / Sankyo Tateyama, Inc. / TOYO ITO & ASSOCIATES, ARCHITECTS / Karimoku / NAGOYA MOSAIC-TILE CO.,LTD. / S&R Evermay - Sachiko Kuno Philanthropic Endowment / Shelter Inc. / KAJIMA CORPORATION / OHNISHI NETSUGAKU Co., Ltd. / TAJIMA ROOFING INC. / TAKENAKA CORPORATION / Amame Associate Japan, Inc. / DAIKO ELECTRIC CO., LTD. / Phoenixi Co., Ltd. / Taihei Building Service Corporation / Ishikawa Construction Industry Co., Ltd. / voce / Yokohama National University / Yokohama Graduate School of Architecture
In collaboration with | Taiyo Kogyo Corporation