Project
7_Towards a Humane Architecture
Year2021
Lecturer
Lina Ghotme / Architectリナ・ゴッドメ / 建築家
Photo
Yurika KONO高野 ユリカ

Towards a Humane Architecture

Lina Ghotmehとの対話

2021年6月26日
17:00 – 18:00 プレゼンテーション
18:30 – 20:00 リナ・ゴッドメ(フランス・パリ)と会場(東京)とのディスカッション(オンライン)

「Archeology of the Future」は時間、記憶、空間、場所だけではなく、人間と自然にも関係している。ヒューマニスト的アプローチを大切にするゴットメが手仕事と職人にも注目するのは、土地に息づく伝統はそこに生きる人々の共通の記憶に変わっていくからだ。エストニア国立博物館では祖先の声を聞き、困難な時代の記憶を形にし、レバノンのStone Gardenは紛争の歴史と今なお残る問題を呼び集め、街が抱えてきた数々の過去の出来事を思い起こす起点となった。2020年にベイルートで起きた大爆発は人間の身体がいかに儚い存在であるかということを思い知らせたとともに、都市にさらなる記憶を刻み込んだ。人新世の今、よりよい未来を構築することが早急に求められている。循環経済やエネルギーの自立性が叫ばれるなか、建築はすべてを素材とする共生の未来を実現しなくてはいけない。何一つ、誰一人として忘れ去られてはならない。記憶に残る持続可能な世界をみなで実現するために。

リナ・ゴットメ Lina Ghotmeth
レバノン、ベイルート生まれ。レバノン市民戦争の傷跡の残る街で幼少期を過ごし、考古学者に憧れを持つ。ベイルートで建築を学んだ後、パリ高等建築大学を経て、2008年から2015年まで同大学で教鞭をとる。2005年エストニアの国立美術館のコンペを取りパリでDGT Architectsを、2016年にはLina Ghotmeth – Architectureを設立。マルチカルチュアルでありながら、現代社会が抱える課題に挑む先見的なアプローチが高く評価されている。その土地のもつ歴史のリサーチと記憶と感覚を呼び覚ますような美しい表現を通じて、どんな新しい行為も過去の積み重なりであるという「Archeology of the Future」という考えを実践している。

未来の考古学と建築

文・構成:永井佳子

―「Archeology of Future」についてもう少し詳しく説明していただけますか?

「Archeology of Future」という考え方はリサーチとデザインのプロセスを通じて発展させたものです。私の建築のインスピレーションのもとで、実践にも導いています。これには戦争が終わってから20代までをベイルートで過ごした経験が深く関わっています。ベイルートは常に考古学に開かれた街で、建物を建て直すことはそこに生きた市民の歴史を掘り起こすことでもあります。私はもともと考古学者になりたいと思っていたのですが、何かを明らかにするだけではなくて、実際に作り、構築したいと思ったのです。建築はすでにあるものを新しいかたちで明らかにするという点で考古学と響き合っていると思っています。建築は環境と呼応していて、そこから立ち現れるものです。それは素材の記憶、場所の資源を取り込んで昇華するもの。素材のリアリティを通じて、過去の記憶を未来に投影するのです。

―「オベリスク」の写真は印象的でした。もう少しそのリサーチプロセスを教えてもらえますか?

この写真は、建築は立ち現れるものであるという私の考え方を表しています。建築は環境のなかにすでにあるということです。お見せした写真に写っている地面に横たわったオベリスクはその場所の土と同じ素材でできていて、完全ではないけれど、形をあらわにしようとしている。そのうえに乗っている人々は掘り起こされようとしているオベリスクの大きさに歓喜しているようにも見えます。建築もその土地と人々に根ざした新たなリアリティを切り開いています。建築が「未完成」であるとき、なんらかのパワーを獲得して、かたちやプロセスを語り始める。それぞれの人生に働きかけて、人々に想像させるのです。 私のアトリエではプロジェクトに取り組むときはいつでも「問い」からはじめます。例えば、新しい住宅や美術館をつくるとき、今「家に住む」とは何を意味しているのか?社会で美術館はどういう役割を果たしているか?と考えてみるのです。建築はその土地にどんな影響を与えているのか?こういった問いに向き合うため、多くのリサーチをしています。文章を書いたり、絵にしてみたり、ストーリーを作って本のかたちにしてみたり、それを壁に貼り出してみたり。どのプロジェクトも本を作るようにナラティブを構成していきます。これはほとんど科学的とも言える精緻なプロセスで、かたちの考古学とでも言えるでしょうか。建築と素材との関係性を密にし、気候と地理的環境と共生するという意味でもヴァナキュラー(その土地固有の)なものは理にかなっていると思います。

― パリの事務所に伺ったことがあります。とにかくいろんなスタディで埋め尽くされていて、印象的だったのは素材の特性を探し出そうとしていたところです。いつもはプロジェクトをきっかけにリサーチを進めていくのですか?それともそれぞれのリサーチを独立したスタディに落とし込んでいくのですか?

良い質問ですね。プロジェクトこそがリサーチのきっかけです。ある特定のトピックに関してリサーチを発展させていくと、共通したテーマや主題が現れて独立していくのです。たとえば、美術館の類型についてリサーチをしていると、あるプロジェクトから別のプロジェクトに移行していくうちに独立していきます。どのデザインもお互いの糧になって熟成していくのが面白いと思います。今は未来を担う世代のために、資源とは何か、サステナブルであるには建てることをどのように考え直していくべきか、そういうことに関心が向いています。

― 外国人としてフランスを拠点に活動されていますが、そういった環境が何らか影響をしていると思いますか?有利だと思うことはありますか?

フランス文化はベイルートの一部でした。レバノンはフランスの統治下にあったので、フランスに住んでいるとそこに属しているような気持ちになります。その一方で、フランスは自分の生まれた場所ではないので、新しい視点で起こっていることを見ることができます。何かの間(あいだ)にいながら社会の背後にある動きを批判的に見ているのです。記憶も常に作用しています。過去に経験した出来事や場所のことを思い起こすと感情的、感覚的な記憶が残って形が抽象化されていきます。自分にとってフランスにいてよかったと思うのは歴史が重要な役割を果たしているということ、過去が確実に現在と未来につながっているということです。しかも創造や革新を妨げず、人々が常に現代社会の課題に向き合っていて、積極的に何らかの役割を担うように促されています。そしてフランスには人々の興味を取り込み、社会をひとつにするような公共施設があります。例えばパリではここ最近、建築が気候変動に立ち向かうひとつの契機であり、器であり、環境を改善する役割を担っています。これがきっかけになってこのテーマを深めるようになりました。私のアトリエの一部を低炭素の方法で建てていることもそのひとつです。

― あなたはご自身の建築が未来の考古学資料になると思いますか?

建物はそのものが未来の考古学だと思います。私のアトリエが建築を通じて考えようとしているのは、100年後も残るような回顧的な建築ではありません。私は実践的な考古学に興味があるのです。素材を通じて、建築設計にインスピレーションを与え、導いていくようなものです。作ることは新しさを内包し、未来があると思っています。考古学には「土に戻る」という美しい意味があります。分解され、表面に時間の痕跡が残り、自然が凌駕していく。つねに何かになろうとしている状態に私は惹かれるのです。それが新しく建築を作ることで私が捉えたいと思っていることです。

エストニア国立博物館 について「寛容さ」が重要だとお話していましたね。どのように建築に「寛容さ」を取り入れるのでしょうか?

「寛容さ」について語ることは特に今、大切なことだと思います。なぜなら、私たちはスピードや資本、密集、実利的な効率性を重視する世の中に生きているからです。「寛容さ」は「インクルーシブネス」や「自由」を追求することでもあります。それが空間にとって本質的なことです。人間を超えたところに人間の生活空間を思い描くこと。エルメスのアトリエ建設プロジェクトでは人々は自然を通って建物のなかに入っていきます。中庭はビジターと建物と自然が最初に関係し合う場所です。レバノンのStone Gardenという住宅プロジェクトでは外のファサードと内側の居住者の間に自然が介在していて、それが建物の輪郭のひとつになっています。エストニア国立博物館では美術館が湖を横断しているので、美術館のなかにいながらにして水が流れる大きな開口部を感じることができます。「寛容さ」というコンセプトを発展させながら間(あいだ)の空間を作ること。機能がありながらも感覚的、感触的な空間であること。思いがけないところに幸せを感じるような空間を作りたいのです。

2016年に完成したエストニアの国立博物館の建設デザインプロジェクト。 現在進行中のエルメスの皮革アトリエの建設プロジェクト。 レバノン、ベイルートにある住宅プロジェクト。2022年に完成。

― ベイルートでの爆発事故 で設計された住宅がダメージを受けた写真を見ると悲しいことなのですが、どこか美しさもありました。建築には緑が残っていて、廃墟のようだけど彫刻のようでもある。爆発事件から考えたことをお聞かせください。なんらかのインスピレーションがありましたか?

爆発は悲しい瞬間でした。最悪の気持ちでした。ベイルートの市民戦争を生きてきた人間として、もう一度、過去を体験したようで、まさに未来の考古学を感じた瞬間でした。奇妙だったのは爆発のあと周りを見渡すと過去の記憶が身体的に感じられたことです。メタフィジカルで現象的な出来事でStone Gardenの存在意義とそれが形作る記憶について考えた瞬間でした。頑丈な構造は揺れに耐え得るものであった一方で、窓が人々の生活の営みの輪郭を描く風穴になっています。

2020年8月に起こった爆発事故。ベイルートの港に6年間にわたり政府によって保管されていた化学薬品の爆発が原因。

Massenaというプロジェクトのコンセプトについてもう少し詳しくお伺いできますか?

このプロジェクト はサステナブルな建築と食に関するプログラムの両方を作ることでした。地球と人間の本質的なつながりを問うことです。サステナブルに生きるためには、まずそれに見合うような食にまつわる習慣を身につけることです。これをもとに環境と人間の関係性について考えることで気候変動にも意識的に関わることができるのではないかと思いました。建物のなかに食の循環を表すようなエキスパートを招いて、多様な機能を持たせるというアイディアです。「植えることからお皿に載せるまで」という循環経済の考えをもとに生物多様性を研究できる場所にします。できた野菜を収穫し、手を加えて調理し、マーケットで売り、コンポストにして再び植える。タワーの屋上には菜園があって住居があって講義のためのアトリエがあり、カフェ、オフィスがある。農業のサイクルが住空間になり、地産地消であることが都市文化のひとつになるという考えです。

― ドローイングが絵画のようで驚きました。ダイナミックで細部にまで注意が行き届いていて見る人への配慮も感じる。でも建築の構造を見るとグリットや直線や構造のシステムで成り立っている。こういう二つの違ったクオリティが共存していることについてどのようにお考えですか?

構築された有機体、自然と向き合った建築システム、本質的な繊細さ、というような特徴が見て取れると思います。これは私のアトリエの制作アプローチから自然と立ち上がってくる考え方です。大きな意味でも、都市という単位でも、ランドアートと響き合っている。私はランドアートから常にインスピレーションを受けてきました。自然というスケールに切り込んで、そこにあるものを構成していく。場所を資源という単位にまで分解していくことでモニュメンタリティが生まれる。建築は建物による土地の扱い方と、素材の構成の両方を翻訳しています。 私のプロジェクトには「現存―不在」、「尊大―謙虚」というような二つの異なる価値があります。ベイルートのStone Gardenは彫刻のようでいて、都市の記憶も扱い、都市の文脈に溶け込んでいく。私の建物に入って経験してもらいたいのは建築そのものではなく、そこにいる人間、市民、そういった人々がどれだけの愛情を空間に持ち込んでくれるかということです。Stone Gardenの建物の壁を手と道具を使って撫でつけたのはそういう理由からです。エルメスのアトリエではノルマンディ固有のものに応えようとしています。まるでそこにあった修道院が朽ちていくかのようにたたずんでいる。それでいて機能的な側面とそこにあるべき意味やアイデンティティを持ち、その土地固有のランドスケープと対話をしているのです。

― プロフェッショナルな写真をたくさん撮影されていますね。リサーチの量も膨大だし、自分で道具も作っている。制作プロセスには様々な専門家の方が関わっているのだと思います。チーム作り、コレクティブとして働くことに関してはどのように考えていますか?

建築は分野を横断する職業です。異なるノウハウがオーケストラのように関わり合っている。建築家はチームでしか共有できないデザインや創造へのヴィジョンを持ち、夢を現実にするために集まっています。アトリエでは建築家のほかにもいろいろな人が仕事をしています。エンジニア、スペシャリスト、職人、施工会社、ファイナンス、そして建築を使う人。みな同じ目的に向かって意味ある仕事をするために情熱を傾けています。

― お話を聞きながら、日本の研究者の今和次郎のことを思い出しました。彼は「考現学」という言葉を作りました。考古学は歴史をベースにしているけれど、考現学は現代社会をベースにしている。あなたにとって考古学が建築を語るために重要な原動力だということがわかりましたが、どのように独自のキーワードを作っているのですか?また言葉に関する興味についてもお聞かせください。

意味論ですね。建築はいつでも言葉や意味の成り立ちからインスピレーションを受けています。ジル・ドゥルーズのことを思い起こします。言葉と言語学は私の制作プロセスにとって重要です。空間とそれを取り巻く世界の関連性をわかりやすくしてくれる、声の体験なのです。言葉によって物質的な世界を取り込むことができます。今考えている新しい言葉は「materiology」です。考えるべきマテリアル。Materiology とは建築において資源の問題が中心になってきているなか、資源がどのように機能していくのかを考えていくことです。

― あなたの言葉は建築のことをわからなくてもわかりやすいですね。リサーチをするときに、本を一冊作るつもりでナラティブを作ると仰っていたことに納得しました。でも全ての人に共通するような対話を作るのは簡単ではないと思います。建築のことを全く知らない人もいますから。他の人とコミュニケーションを取るときに最も大切だと思うことがどんなことですか?

大切なことは空間や建築そのものが話しだすような振れ幅を作り出すことです。その空間を体感することで考え、感じ、よりよく生きようという気持ちになる。建築家があまり説明しすぎることなく、プロジェクトそのものが固有のナラティブを語りはじめる。別のレイヤーを加えるのではなくて建築に付随してくるのです。私たちが関わったプロジェクトでもそういうことが起こりました。人々は体験すると、その場所のストーリーやプロジェクトの文脈を理解してナラティブを読み込むことができる。すべては建築のフォルムに含まれているのです。

― そろそろ終わりにしないといけないですね。まだたくさん聞きたいことがあるけれど。

このまま続けたいくらい!たくさんの質問をありがとうございました。またすぐに東京でこの続きをできるといいけど。

― 私たちもこういった機会を求めているんです。移動して、会って、対話をする。海外にいるデザイナーとの対話の機会が減っているからこそ、実際に会ってお話できるようになるとよいなと思っています。

私もです!日本に行けるときを楽しみに。「ありがとうございます!」