「Getting Lost」永井佳子による南米の話
(聞き手:佐伯誠)2020年3月21日
17:30 – 18:30 プレゼンテーション
19:00 – 20:00 質疑・ディスカッション
(Rebecca Solnit)
迷うこと
それは
行き先ではなくて、アイデンティティの問題
熱い欲求、鬼気迫るニーズ
誰でもない誰かになること
束縛から逃れること
自分が誰なのか、他人が自分をどう思っているか
気づくこと
(レベッカ・ソルニット)
*「Getting lost」というタイトルはレベッカ・ソルニットの同名のエッセイから。
チリ人アーティスト、フェルナンド・カサセンペレはそのグローブのような手と二メートルの長身の身体を泥まみれにしながら、ロンドンのスタジオでセラミックの彫刻作品を作っていた。彼の作品に使われている様々な土のなかでも真っ黒な素材はレラヴェ(尾鉱)と呼ばれ、銅を採掘したあとに残る産業廃棄物だという。その素材のことを尋ねると彼は言う。「アタカマ砂漠に行けばわかる」
その言葉を胸に私はチリとボリビアの国境近くにあるアタカマ砂漠に降り立った。砂漠のど真ん中のコミュニティでアーティスト・イン・レジデンスに参加するという機会が舞い降りてきたのだ。そこで私は先住民族リカナンタイの人々と生活を共にすることになる。
湿度ゼロの砂漠は人間だけでは到底生き残ることができない環境だ。皮膚は破れ、目は真っ赤に焼け、日が沈むと夜は極寒だ。自然に抱かれるように生きるリカナンタイの人々はまるでインカ帝国時代のことを昨日のことのように話す。その一方で植民地時代の侵略から続くチリの近代史を生き抜きながらも、今なお政治に翻弄されている。アタカマ砂漠は銅をはじめ、国際経済を回すための資源の調達先として搾取されつづけてきただけでなく、塩湖に豊富なリチウムは次世代エネルギーとして注目され、国際的な大企業がその資源の調達を今にも始めようとしているのだ。
見えない力によって翻弄されながらも、大企業と戦う姿勢を崩さないアタカマ砂漠に住む人々。最近では独自に大学の科学者と共同し、アタカマの塩湖がアマゾンの四倍もの酸素を発している事実を突き止めた。権力によって作られた歴史と経済主導の循環システムに分断された世界の現実。それを目の当たりにし、かつ自分が当事者であるという感覚に途方に暮れながらも、彼らから学んだ視点を携えて砂漠を後にしようとしたところで、チリ史上最大の反政府プロテストが勃発する。チリ全土が混乱に見舞われ、今度は私自身が旅の循環を阻まれる。
土に向き合うことで、植民地時代以前の文明に遡ろうとするアーティストの手。いつの間にか支配者になってしまった人間を冷静に見つめる先住民の眼差し。隕石が衝突したばかりの地球の肌に近い場所で世界を見つめる両者は、現代社会の歪みに黙っていられなくなった人々の怒りの渦に私を導いた。(永井佳子)
アタカマ砂漠への旅の記録の断片:http://materiaprima.site/epic-travel-2019/
●当日の様子